2010年6月10日木曜日

京都OHBL奥田浩子のBeauty Memories       "rainy season ランジェリー”



そろそろ梅雨いりしそうな気配だが、いつもこの頃になると
下着の事が気になってくる。
とにかく、昔から背中のみに汗が集中して、
とても嫌な気分になる。
背中に汗がべっとりというのは、気分だけでなく見た目にも悪く、
湿度が高い季節になると、
とにかくどうやって汗ジミを克服しようかと、
ずっと考えてきた。

一応女性という立場から、
ブラジャーは必須で、
その上に背中部分の汗を
しっかりと吸収するシャツを着用するのは、
もう、想像するだけでも暑苦しい。
オシャレにキャミソールを着たいのだが、
キャミソールなるものはたいがい背中があいている。

かれこれ20年くらい前から、
背中はあって、前は広く開き、
できれば肩ひもは細いものがあったらいいなと、
思い続けてきた。
特に上半身の下着においては、肩ひもの太さが大きくイメージを左右する。
このような一個人の“あったら、いいな”商品は、
以外と専門大手メーカーよりも
通販メーカーから早く出現するように思える。
何年か前から、私が希望するような下着が、
通販でお目見えするようになった。
“嬉しい!”早速購入、着用で、
背中の汗ジミとおさらばと思いきや、
やたらとこの手の商品が、どんどんと増えてきた。
素材もよりよくなり、
今は逆に専門大手メーカーのものの方が、
クオリティやデザイン性全てがとっても、よいような…。
やはり商品化する事が決まれば、
様々の事に力を入れて、“餅は餅屋”を発揮するのか…。

そんな中、通販のカタログをみて、また、びっくり。
今度は汗ジミ対策に、
下着の両脇からひもをはずせば、
服を脱がずとも下着自体をさっと取り外せる商品が載っていた。
なるほど。
なんとかして汗と共存するのではなく、
簡単に着替える事での爽快感。
これに勝る気持ちよさはない。
けれど汗ジミのついた下着を
そのまま持っているのもちょっと、と思ったり。
来年あたりは、着替えて使い捨てる
シート的な下着が登場かも?と思っている。

2010年4月4日日曜日

京都OHBL奥田浩子のBeauty Memories       "大人のうふふんリップグロス”


リップグロスをつけるのは、あたりまえという時代になり、
実に様々な種類のグロスが、いろんなメーカーから売り出されている。
職業柄いつもいろんなタイプを使用し、比較してみるのであるが、
たくさんある中で、なかなかこれ!といったものは、数少ない。
仕事においては、内容によってぴったりくるものを使用するのであるが、
個人的には、
① 重すぎない、軽すぎないもの
② パーリィでないもの
③ ラメが入っていないもの
④ メタリックでないもの
⑤ 点在パールがはいっていないもの
が、お気に入りだ。

いわゆる透明感があり、
イチゴジャムの上澄みに少し色がついたような、
重く光らず、かといって垂れずに、
幼い子供の唇の上に砂糖水をぬったような、
ゴージャスというよりも、
大人の女性が、
思わず“うふふん♡”なんていう気持ちになるような、
そんなグロスが、一番好きだ。

久々にそんなグロスを、み〜つけました。
と〜っても幸せな気分です!
今度のレッスンで、お披露目します。
大人のうふふん♡という気持ちを、
桜の花びらにのせて、
リップグロスでお届けします

2010年4月1日木曜日

京都OHBL奥田浩子のBeauty Memories       "うなはだけや”



う・・・うるおい
な・・・なめらか
は・・・はり
だ・・・だんりょく
け・・・血色がよい
や・・・やわらかい

はじめて皮膚理論を学んだ時に教わった、
美しい肌の条件です。
今、この中でも私が一番恋い焦がれるのは、
「は」である。

11歳になる娘の寝顔をみていると、「すごいっ!」「は!」。
あたりまえだが、よだれをたらしていても、「は」がある!
風邪で熱っぽくても、「は」がある!
寝てても「は」、起きてても「は」、どんな時も「は」「は」「は」!

なつかしい・・・嫌になるけど、なつかしく思う自分が
何とも、感慨深いです・・・。

2010年3月30日火曜日

京都OHBL奥田浩子のBeauty Memories      "春の風”



春一番が吹く頃になると思い出すのは、人生初めて大きな挫折を味わって,
思い切りへこみながら、阪神高速を走った事だ。
当時、大阪福島区に住んでいた私は、
テレビもなく、エアコンもなく、
かなり簡素な引っ越し道具一式を、
小さなトラックに積み込み、一路京都の実家へと向かっていた。
春のあたたかい風に吹かれながら、
心の中は、とてつもなく深く青いまま、
少々傷つき、少々怒り、少々投げやりな気持ちになって、
これからの未来が、不安で不安でいっぱいだった。
何かしらの結果もなく、やり遂げた充実感もなく、
空洞のような気持ちになって、情けなくてたまらなかった。
両親が大反対の中、
勝手気ままに何の相談もせず、今の仕事を選んだ私は、
いろいろな事が重なり、東京大阪へと転々としたあげく、
一旦職を失い、お金もなく、
最後は引っ越し道具一式と、行き場のない気持ちを、
父親が借りてきた小さなトラックに乗せて帰京したのだった。
阪神高速をとばしながら、
父親も私も何一つ言葉を交わさなかった。
いっさい口をきかず実家までたどり着いたので、
逆に三十年近くたった今でも、
なぜか、しっかりと深く心に刻まれている。

ちょうど今頃、春の風が吹く頃に、
勝手な娘に何一つ言葉を交わさなかった父親と、
阪神高速から見た景色と、
決して泣かずに、ただ気持ちだけが泣いていた自分が、
とてもせつなくよみがえる。
様々に、与えてもらったものよりも、
無口だった父親の思い出が、
心に深く、今もずっとしみている。

2010年2月26日金曜日

京都OHBL奥田浩子のBeauty Memories      "乳首のゆくえ"


私は、女性の乳房が大好きだ。
童話でお気に入りは、アンデルセンの人魚姫だった。
アニメでは魔法のマコちゃん。(知っていますか?)
幼い頃の私にとって、半身ヌードの美しい女性達は心からの憧れだった。
何といっても女性の乳房は、曲線の有機的な美しいデザインで、勝手に、ボディ・ヌーヴォーと命名している。
乳首から、アンダーバストに至る曲線が最も大切だと感じている私であるが、この乳首の位置がなかなか難しい。
ゴールデンバランスは、ロバートメイプルソープ氏のヌード写真のモデルであると、30年程前に購入し、ずっと大切に飾ってある。

以前ある企業で、一緒に顧問をしていた女性下着のプロだった先生が、
「奥田さん、乳首の位置はね、ブラジャーにおさめるときの工夫次第でかわってくるのよ。」と教授を受け(ホンマかいな)、先生のおっしゃるとおりに日々努力して、ブラジャーの中におさめていた、若かりし日の自分自身がなつかしい。

その時の成果が、今はどうなっているかはふれずして、
私の乳房も人並みの歴史を刻んできた。
時には、野生の風が吹き、時には母性の塊であった。

そして、これからは、どんな歴史を刻むのか。
こだわりの乳首のゆくえは、どこえやら。

2010年2月25日木曜日

京都OHBL奥田浩子のBeauty Memories      “キスからはじまる”


初めてキスしたのはいつですか?
よく人は、キスの味は?なんて表現をするけれど、味といえば、やっぱり爽やかな柑橘系の香りを想う人が多いのでしょうか。
しかしながら気持ちの味は、心の高揚とともにもっとちがう表現になるような.....。


“キス”はどんどん繰り返されて、“口づけ”に。

そして、頃合いよく“チュー”になり、

きっと、もう一度“口づけ”に。

もしかすると、ちょっぴりせつない”接吻”になるのかも。


途中の“チュー”をこっそり満喫している今の私には、
これからの、キスの進化が、密やかな楽しみです。

2010年2月11日木曜日

京都OHBL奥田浩子のBeauty Memories      ”最期のリップ”



「浩ちゃん、おばあちゃんのこと綺麗にしてくれて、ありがとう。さっき誰もいない時に、こっそりキスしといたんや。」と私の耳元で、祖父がそっとささやいた。胸がじんとなり、悲しみがこみ上げた。

今から26年ほど前、私の母方の祖母が亡くなったときの思い出である。
ちょうど私がこの仕事を初めて少したった頃で、亡くなった祖母の化粧を頼まれた時であった。
急に化粧をすることになったので、きちんとした道具もなく、祖母が愛用していた昔ながらの化粧台から、ごそごそと取り出した中に、ほこりにまみれた口紅が一本出てきた。自分としてもあまり記憶にはなかったが、きっと祖母がよく使っていたのであろうと、その口紅を祖母の唇にのせ、祖母はあの世へ旅立って逝った。

今思えば、その口紅の色は、とても祖母によく似合っていた色だったように思う。きっと、その口紅の色をみて、美しかった祖母の思い出がよみがえり、祖父も気持ちが一瞬若返ったのだろうと、なんともあたたかく、せつない気持ちになった事を覚えている。

また、今から10年ほど前、仕事先で大変お世話になった才色兼備の女性マネージャーが39歳という若さでこの世を去るという、大変悲しい出来事があった。お葬式に参列させていただき、横たわる彼女に最期のお別れをしようとした時、彩やかなフューシャピンクの色が目にとびこんできた。
いつも彼女が愛用していた口紅が美しく唇を染めており、その色を見た瞬間、号泣したのを覚えている。
私は心の中で、何度も何度も「よかったね、一番きれいにみえる色をつけてもらって、本当によかったね。」と、くり返した。

色をあつかう仕事をとおして、いつも色と人間の関係は、とても大切だと感じている。自分自身を美しく、自分らしく、彩ってくれる色とはどんな存在なのか?
すべてに色がある世界に生きて、どのようにつきあっていくべきなのか?

私もあの世へ旅立つときには、私らしい色を身にまとって逝きたいものである。
最期の口紅が、私らしくみえる色であり、また、看とってくれた人たちが、私をそのままに思い出してくれるような色であってほしい。

自分自身の人生が
自分らしく終結できる色として。
そう、最期の色として。