
春一番が吹く頃になると思い出すのは、人生初めて大きな挫折を味わって,
思い切りへこみながら、阪神高速を走った事だ。
当時、大阪福島区に住んでいた私は、
テレビもなく、エアコンもなく、
かなり簡素な引っ越し道具一式を、
小さなトラックに積み込み、一路京都の実家へと向かっていた。
春のあたたかい風に吹かれながら、
心の中は、とてつもなく深く青いまま、
少々傷つき、少々怒り、少々投げやりな気持ちになって、
これからの未来が、不安で不安でいっぱいだった。
何かしらの結果もなく、やり遂げた充実感もなく、
空洞のような気持ちになって、情けなくてたまらなかった。
両親が大反対の中、
勝手気ままに何の相談もせず、今の仕事を選んだ私は、
いろいろな事が重なり、東京大阪へと転々としたあげく、
一旦職を失い、お金もなく、
最後は引っ越し道具一式と、行き場のない気持ちを、
父親が借りてきた小さなトラックに乗せて帰京したのだった。
阪神高速をとばしながら、
父親も私も何一つ言葉を交わさなかった。
いっさい口をきかず実家までたどり着いたので、
逆に三十年近くたった今でも、
なぜか、しっかりと深く心に刻まれている。
ちょうど今頃、春の風が吹く頃に、
勝手な娘に何一つ言葉を交わさなかった父親と、
阪神高速から見た景色と、
決して泣かずに、ただ気持ちだけが泣いていた自分が、
とてもせつなくよみがえる。
様々に、与えてもらったものよりも、
無口だった父親の思い出が、
心に深く、今もずっとしみている。
ご無沙汰しております。
返信削除ひでくんです。
しかし、先生の人生は頼もしい⁈楽しい⁈
ですね。
でもいろいろ経験されてきたからこそ
あのマシンガントークがおもしろい
んだなぁーと納得です。
先生のお父さんの話、読んでてなんか
ウルウルしてしまいました。
こんな親父になれたらなぁと
思った次第です。
自分はガミガミとウルサイおやじになって
しまってます。
この前は行けなかったんですが、また
おしゃべりさせてもらえたらなぁと
思います。