2006年3月28日火曜日

京都OHBL奥田浩子のBeauty Memories       "ラブ&ベリー"

小学生の女の子に人気のアニメ、“おしゃれ魔女 ラブ&ベリー”を知った時思わず見入ってしまった。私が昔、親しみ憧れていたアニメの女の子像とは全く違い、タイトルどおりおしゃれである。主人公の女の子はただ瞳が大きくて他の誰よりもかわいくて・・・・というのではなく、ラブとベリーは全く個性が違い、それは色の効果によって、より強くうちだされている。ラブは茶髪で瞳もブラウン、キュートでラブリーな雰囲気に対し、ベリーは黒いストレートヘアーにエキゾチックな瞳、小悪魔的でセクシーである。ストーリーも単なる正義の味方というのではなく、人をおしゃれにする事により、その人を幸せにするという結末だ。
OHBLで、最も美しくみえるカラーを診断するパーソナルカラーレッスンがあるが、まさしく人の個性を色によって分析するときの一番わかりやすい基本のパターン、ウォーム系とクール系にラブとベリーが位置づけられているのである。
このような色彩感覚で構成されたものを少女期からみていれば、何とはなしに色の合わせ方に鋭敏になるのは間違いないだろうと思う。これから先、もっともっとおしゃれな女の子が増えていくのは当然だ。

そして私がさらに着目したのは、おしゃれになる=しあわせになる というストーリーの内容である。
今「人は見た目が9割。見た目依存の時代」といわれ、見た目を扱った本がよく売れているそうだ。日本には昔から見た目を表現するよりも、控えめにして内面を磨けという教えがあったが、今やっと自己形成は内面からが全てではなく、外見を通して出来上がっていく自分を楽しみ、確立していく時代になったのを皆が認識したのではないかと思う。
私が人にメイクアップをレッスンする時、自分の顔に、より肯定的になってほしいとの願いを込める。自分とともに生きてきた顔、これからも一緒に生きていく顔を一番美しく見るのは、まず、その人自身だと思うからだ。
おしゃれになる=しあわせになる 美しくなる=幸せになる は、間違っていない方程式だろう。
そういう意味では、ラブ&ベリーもその方程式を解く為の、ひとつの情操教育のように思えてくる。

ラブ&ベリーを教えてくれたのは、まぎれもなく小学生の私の娘である。今日もまた、たくさんある付録のファッションカードを並べながら、どれがラブに似合って、どれがベリーに似合うのかを飽きもせずくりかえしている。それを横目で見ながら、”たまには、いろはかるたもおもしろいで〜 "と思う私は、やっぱり高齢出産組です・・・。


2006年3月23日木曜日

京都OHBL奥田浩子のBeauty Memories       "チャンネル"

昨年9月にOHBL BEAUTY ACADEMYをスタートするにあたり、本業である美容以外にも、”美しさとは何か?”を探求する様々な講座を開講した。そのひとつにフォーチュンセラピーがある。美しく生きていくための未来について、相談事にのる講座である。
担当して頂く珠宝先生は、四柱推命やタロットカード、手相や名前など様々な角度から占う事を得意とする先生で、とても人気が高い。今まで3回、4回とリピートされる方も多い。はじめて珠宝先生にお会いした時、真綿のような人だと思った。気持ちよく、ふんわりと、心をくるんでくれるようなお人柄である。常々占いとは何なのか?と疑問を抱いていた私は先生に質問する。”まあ、ひとつの統計学ですね。”と、先生はおっしゃった。”でも何度も何度も回数を重ねていくと、ある時その人とチャンネルがキュッキュッとあうときがわかるんです。そうすると、とめどなく言葉がわいてくるんです。”ともおっしゃった。
そうか!チャンネル!!
この言葉に私はとても感銘した。

長年この仕事をしていて、顔を美しく見せるには眉の存在がとても大きいとつくづく感じる。眉の上のラインと下のライン、眉頭や眉尻のタッチ、色、濃さ、眉骨の位置とのかねあい、立体感・・・。
手を使う仕事をしていると、技術を超えてその人とのチャンネルみたいなものがキュッキュッとあうような時があるように思う。私の場合、だんとつに眉を描く時である。
相手が私の事を信頼し心身ともに開かれている、そのなんとも表現し難い空気に包まれ、こちらはこちらで心からこの人を美しくしたいと思うときに、今まで培ってきた知識と技術だけではなく、何かそれ以上の”こうすれば美しくなる!こうすればこの人はきっと幸せになる!!”と思える眉を表現できるように思うのだ。
おこがましい話かもしれないが、人に、人の手による技術を提供する時、得体の知れないパワーがはたらくように思えてならない。結果、相手に喜んで頂けた場合はその人の目が星のように輝く。その輝きが尊くて、この仕事に喜びを感じているようにも思う。

これからも、きっといろんな人のチャンネルと出会うだろう。
それぞれのチャンネルにきっちりとあわせられるよう、これからも日々精進していきたい。そして、眉を描いた事により、”キュッキュッ”と幸せの音を奏でたい。

2006年3月20日月曜日

京都OHBL奥田浩子のBeauty Memories      "ピンクのネイル"


はじめて買ったコスメといえば14歳の頃、ピンクのネイルだった。
今のようにコンビニや100YENショップなどに、化粧品がおかれていた時代ではなかったので、アイラインがばっちり入った店主の顔を見ないようにして、勇気をふりしぼって化粧品店で購入したのを覚えている。
桜色の淡いピンクのネイルを爪に塗るだけで、当時中学生だった私は、ぐっと大人の女性に近づいたようで胸がドキドキした。家族が寝静まった後、一緒に買った除光液で、何度もとってはつけてを繰り返し、何ともいえない甘〜い気持ちに浸っていた。
そして、何度かくり返しているうちに、自分の爪だけではもの足りなくなった私のすぐ横には、当時小学生だった妹のなんとも可愛らしい指・・・。細くて小さな指にピンクのネイルは可憐に咲く花の様。私はぐっすりと寝入っている妹の手足の小指4本ににだけ、こっそりとピンクのネイルを塗り、自分だけの秘密の儀式を終え、深夜遅く布団にもぐった。
次の日学校から帰ってくると、母の目はつり上がり、妹は泣いていた。
なんと、今日に限って小学校で爪の検査があったのだ。いつも几帳面に短く切りそろえてある爪を、妹が先生の前に差し出したところ、なぜか小指は薄紅色。
時代は今から30年程前である。小学生がネイルなんか塗ってきてはいけませ〜ん!!と、叱られたそうだ。ああ、かわいそうな妹。思えば私の妹はいつもいろんな形で私の美容に対する専属のモデルだったように思う。

春の気配を少し感じるようになると、いつも私はピンクのネイルを思い出す。
自分の爪と妹の手足の小指4本を、少女からちょっぴり大人へと、薄く染めたピンクのネイル。
今の仕事をするようになって、ピンクのネイルに大層こだわるようになった。たくさんのメーカーから必ずと言っていい程ピンクのネイルは発売されているのだが、なぜかあの時の、胸がドキドキするような甘酸っぱい気持ちにさせてくれるピンクのネイルとめぐり会わない。最後にはいくつものメーカーのピンクのネイルを調合して、納得のいくオリジナルのピンクのネイルをつくって大切に塗っていた。
そして今から2年程前、仕事でネイルの色を担当させて頂ける機会がめぐってきた。
もちろん自分で調合したあのピンクを、企画の段階で熱く熱く語らせて頂き、納得のいくピンクのネイルが出来上がった。今、そのピンクのネイルを愛用して下さっている方も少なくない。

私がはじめて買ったコスメ、ピンクのネイル。
今、OHBLそしてOHBLPLUSのディスプレイ棚にある、品質、外観共にグレードアップしたピンクのネイルをふと見る時、あの時のドキドキした少女の頃をいつも甘酸っぱく思い出す。
もう何十年もたってしまったけれど、あの時の気持ちをピンクのネイルは、大切にしまってくれているように思う。

2006年2月23日木曜日

京都OHBL奥田浩子のBeauty Memories      "顔の再誕生"

<2002年12月11日京都新聞 双曲線に奥田浩子が寄稿>

「メイクアップは嫌いです。」     
その人はそう言いながら、私の前に座った。
私は「そうですか。」とうなずきながら
「でもちょっとだけ眉を整えてみましょうか。もしも嫌なら二、三日ほっておけばまたもとどうりになりますから。」
などと言いながら、その人の顔を触りはじめた。
その人は眉を整えた後まんざらでもない様子で、結局最終的にはメイクアップを全て施して、嬉しそうな表情で帰って行った。
またある人はアトピー性皮膚炎でとても悩んでいて、メイクアップのレッスンに
来ているにもかかわらずほとんど鏡を見ないのでなかなかうまくいかない。
私はその人の顔を何度も何度も触りながら、ゆっくりレッスンを進めて行った。
するとその人は自分の顔がメイクアップによって変化する様を始めはちらっちらっと見、そして最後には鏡をのぞきこむようになっていった。          
こんな事を、今まで数多く経験してきた。

近年様々な女性雑誌では、メイクアップに関する記事はどんどん増え続けている。又、化粧品においてもシーズン毎に新製品が発売され、デフレ時代といわれる今もデパートの一階は化粧品を求める女性達で賑わっている。最近では十万円のクリームも発売されたそうだ。
女性が化粧品を求める行為には、当然「キレイになりたい」という気持ちがあっての事だと思うが、化粧品を購入すれば「キレイになれる」という期待は、はずれに終わる事も多々ある。結果、前述した女性達も落胆に近い気持になり、それ以来「メイクアップは嫌い。」だと思いこんでいたそうだ。又メイクアップが女性の特権だと思われていたのはもう昔の事の様で、今は高校野球の球児たちも眉を整えている時代になった。    
             
 顔は、大事である。
         
大切な身体の中でも、顔はやはり特別な存在であると思う。
人は顔をみて人を認識し、顔をつかって泣いたり笑ったり怒ったり。
顔の印象で恋がはじまり、生まれた子の顔をみて
「やっぱり二人共に似ているね。」
などと言って微笑みあう。
少しずつ年老いてきた顔をしみじみとみつめ、
人の最期を見送る時にも顔をみて悲しみにくれる。
又昔から「人を見た目で判断してはいけません。」といわれるほど、
私達は人を見た目で判断してしまっている。
この現代社会においては特にその傾向が強まっているのではないだろうか。
              
 顔は、大事である。  
        
その大事な顔を少しでも美しくみせたい、
自分でも美しくみたいのは当然の事であろう。
顔を美しくする為には、有効な化粧品を活用するのはもちろんだが、
何よりもテクニックのノウハウを知り練習する事が必要である。
顔は日々成長していくが、美しさは自分自身で育てていくものだ。
そしてもっと大切な事は『触る』という行為ではないかと感じている。
まずは見て、触る事、触ろうと思う事が、
メイクアップのはじまりであるように思う。
        
昔私の師であったアーティストが
【メイクアップとは顔の再誕生である】と謳い、
私はその言葉に心から感動した。

メイクアップとは単に化粧品を使う事ではない。
メイク・アップとは、内面外面から顔の価値を上げる事である。

私はこれからも触る事、そして触り方を伝えていきたい。

触る事が嫌いな人や触る事を忘れてしまった人達がその大切さを思い出してもらえるように、人の顔を、誠意をもって触りつづけていきたいと思っている。